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成寿山 善光寺:仏教寺院 〔曹洞宗

ブッダの言葉 (スッタニパータ) 第五

第五 彼岸にいたる道の章




1、 序  

976 明呪(ヴェーダ)に通じた一バラモン(バーヴァリ)は、無所有の境地を得ようと願って、コーサラ族の美しい都から、南国へとやってきた。

977 彼はアッサカとアラカと(両国の)中間の地域を流れるゴーダーヴァリー河の岸辺に住んでいた、──落穂を拾い木の実を食って。

978 その河岸の近くに一つの豊かな村があった。そこから得た収益によって彼は大きな祭りを催した。

979 彼は、大きな祭りをなし終って、自分の庵にもどった。彼がもどってきたときに、他の一人のバラモンがやってきた。

980 足を傷め、のどが渇き、歯がよごけ、頭は塵をあびて、彼は、(庵室の中の)かれ(バーヴァリ)に近づいて、五百金を乞うた。

981 バーヴァリはかれを見て、座席を勧め、彼が快適であるかどうか、健康であるかどうか、をたずね、次の言葉を述べた。

982 「私がもっていた施物は全て、私が施してしまいました。バラモンよ。どうかおゆるし下さい。私には五百金がないのです。」

983 「私が乞うているのに、あなたが施してくださらないならば、いまから七日の後に、あなたの頭は七つに裂けてしまえ。」

984 詐りをもうけた(そのバラモン)は、(呪詛の)作法をして、恐ろしいことを告げた。彼のその(呪詛の)言葉を聞いて、バーヴァリは苦しみ悩んだ。

985 それは憂いの矢に中てられて、食物もとらないで、うちしおれた。もはや、心がこのような気持では、心は瞑想を楽しまなかった。

986 バーヴァリが恐れおののき苦しみ悩んでいるのを見て、(庵室を護る)女神は、彼のためを思って、彼のもとに近づいて、次のように語った。

987 「彼は頭のことを知っていません。彼は財を欲しがっている詐欺者なのです。頭のことも、頭の落ちることも、彼は知っていないのです。」

988 「では、貴女は知っておられるのでしょう。お尋ねしますが、頭のことも、頭の落ちることをも、私に話して下さい。われらは貴女のお言葉を聞きたいのです。」

989 「私だってそれを知っていませんよ。それについての知識は私にはありません。頭のことも、頭の落ちることも、諸々の勝利者(ブッダ) が見そなわしておられます。」

990 「ではこの地上において頭のことと頭の裂け落ちることとを、誰が知っておられるのでですか? 女神さま。どうか私に話して下さい。」

991 「むかしカピラヴァットゥの都から出て行った世界の指導者(ブッダ)がおられまする彼は甘蔗王のの後裔であり、シャカ族の子で、世を照す。

992 バラモンよ。彼は実に目ざめた人(ブッダ)であり、あらゆるものの極致に達し、一切の神通と力とを得、あらゆるものを見通す眼をもっている。あらゆるものの消滅に達し、煩いをなくして解脱しておられます。

993 かの目ざめた人(ブッダ)、尊き師、眼ある人は、世に法を説きたもう。そなたは、彼のもとに赴いて、問いなさい。彼は、それを説明するでしょう。」

994 〔目ざめた人〕という語を聞いてバーヴァリは歓喜した。彼の憂いは薄らいだ。彼は大いに喜んだ。

995 かのバーヴァリはこころ喜び、歓喜し、感動して、熱心に、かの女神に問うた。
「世間の主は、どの村に、またどの町に、或いはとせの地方にいらっしゃるのですか?
そこへ行って最上の人である正覚者をわれわれは礼拝しましょう。」

996 勝利者・智慧豊かな人・いとも聡明な人・荷をおろした人・汚れない人・頭のおちることを知っている人・牛王のような人であるかのシャカ族の子(ブッダ)は、コーラサ国の都であるサーヴァッティーにまします。」

997 そこで彼は(ヴェーダの)神呪に通達した諸々の弟子・バラモンたちに告げていった、
「来たれ、学生どもよ。われは、そなたらに告げよう。わが言葉を聞け。

998 世間に出現すること常に稀有であるところの、かの〔目ざめた人〕(ブッダ)として命名ある方が、いま世の中に現れたもうた。そなたらは急いでサーヴァッティーに赴いて、かの最上の人に見えよ。」

999 「では(師)バラモンよ。かれを見て、どうして〔目ざめた人〕(ブッダ)であると知り得るのでしょう? われらはどうしたらそれを知り得るか、それを教えて下さい。われらは知らないのです。」

1000 諸々の神呪(ヴェーダ)の中に、三十二の完全な偉人の相が伝えられ、順次に一つ一つ説明されている。

1001 肢体にこれらの三十二の偉人の相のある人、──彼には二つの前途があるのみ。第三の途はありえない。

1002 もしも彼が、〔転輪王〕として家にとどまるならば、この大地を征服するであろう。刑罰によらず、武器によらず、法によって統治する。

1003 またもしも彼が家から出て家なきに入れば、蔽いを開いて、無上なる〔目ざめた人〕(ブッダ)、尊敬さるべき人となる。

1004 (わが)生れと、姓と、身体の特徴と、神呪(習ったヴェーダ)と、また弟子たちと、頭のことと、頭も裂け落ちることとを、ただ心の中で(口に出さずに)彼に問え。

1005 もしも彼が、見るはたらきの障礙のない〔目ざめた人〕(ブッダ)であるならば、心の中で問われた質問に、言葉を以て返答するであろう。」

1006 バーヴァリの言葉を聞いて、弟子である十六人のバラモン──アジタと、ティッサ・メッテイヤと、プンナカと、およびメッタグーと、

1007 ドーカタと、ウパシーヴァと、ナンダと、およびヘーマカと、トーデイヤとカッパとの両人と、賢者ジャトゥカンニンと、

1008 バドラーヴダと、ウダヤと、ポーサーラというバラモンと、聡明なるモーガラーシャと、大仙人ピンギヤと、──

1009 彼等は全て、それぞれ衆徒を率い、全世界に命名があり、瞑想を行い、瞑想を楽しむ者で、しっかりと落ち着いていて、前世に宿善を植えた人々であった。

1010 髪を結い羚羊皮をまとった彼は、全てバーヴァリを礼し、また彼に右まわりの礼をして、北方に向って出発した。

1011 ムラカの(首都)パティターナに入り、それから昔の[都]マーヒッサティへ、またウッジェーニーへ、コ゜ーナッダ、ブェーディサへ、ヴァナサという処へ、

1012 またコーサンビーへ、サーケータへ、最高の都サーヴァッティーに行った。(ついで)セータヴィヤへ、カピラヴァットゥへ、タシナーラーの宮殿へ(行った)。

1013 さらに享楽の都市パーヴァーへ、ヴェーサーリーへ、マガダの都(王舎城)へ、またうるわしく楽しい(石の霊地)に達した。

1014 渇した人が冷水を求めるように、また商人が大きな利益を求めるように、暑熱に悩まされている人が木陰を求めるように、彼等は急いで(尊師ブッダのまします)山に登った。

1015 尊き師(ブッダ)はその時僧衆に敬われ、獅子が林の中で吼えるように修行僧(比丘)らに法を説いておられた。

1016 光を放ちおわった太陽のような、円満になった十五夜の月のような目ざめた人(ブッダ)をアジタは見たのであった。

1017 そこで(アジタは)師(ブッダ)の肢体に円満な相好のそなわっているのを見て、喜んで、傍らに立ち、こころの中で(ブッダにつぎのように)質問した。──

1018 「(わが師バーヴァリの)生年について語れ。(バーヴァリの)姓と特徴とを語れ。神呪(ヴェーダ)に通達していることを語れ。(師)バラモンは幾人に教えているのか?」

1019 (師はいわれた)、「彼の年齢は百二十歳である。彼の姓はバーヴァリである。彼の肢体には三つの特徴がある。彼は三ヴェーダの奥義に達している。

1020 偉人の特徴と伝説と語彙と儀規とに達し、五百人(の弟子)に教授し、自分の教説の極致に通達している。」

1021 (アジタいわく)、「妄執を断じた最高の人よ。バーヴァリのもつ諸々の特徴の詳細を説いて下さい。私に疑いを残さないで下さい。」

1022 [師いわく]、「彼は舌を以て彼の顔を蔽う。彼の両眉の中間に柔い白い毛(百毫) がある。彼の隠所は覆いに隠されている。学生ょ、(彼の三つの特徴を)このように知れ。」

1023 質問者がなにも声を出して聞いたのでないのにね(ブッダが)質問に答えたもうたのを聞いて、全ての人は感激し、合掌して、じっと考えた。──

1024 いかなる神が心の中でそれらの質問をしたのだろか? ──神か、梵天か、またはスジャーの夫なる帝釈天か? ──また[尊師は]誰に答えたもうたのだろう?

1025 (アジタがいった)、「バーヴァリは頭のことについて、また頭の裂け落ちることについて質問しました。先生! それを説明して下さい。仙人さま! 吾等の疑惑を除いて下さい。」

1026 (ゴータマ・ブッタは答えた)、「無明が頭であると知れ。明知が信仰と念いと精神統一と意欲と努力とに結びついて、頭を裂け落とさせるものである。」

1027 そこで、その学生は大いなる感激をもって狂喜しつつ、羚羊皮(の衣)を(はずして)一方の肩にかけて、(尊師の)両足に跪いて、頭をつけて礼をした。

1028 (アジタがいった)、「わが親愛なる友よ。バーヴァリ・バラモンは、彼の弟子たちと共に、心に歓喜し悦んで、あなたさま(ブッダ)の足下に礼拝します。眼あるかたよ。」

1029 (ゴータマは答えた)、「バーヴァリ・バラモンも、諸々の弟子も、共に楽しくあれ。
学生よ、そなたもまた楽しくあれ。永く生きよ。

1030 バーヴァリにとっても、そなたにとっても、もしも疑問が起って、心に問おうと欲するならば、何でも質問なさい。」

1031 〔目ざめた人〕(ブッダ)に許されたので、アジタは合掌して坐して、そこで真理体現者(如来)に第一の質問をした。




2、学生アジタの質問

1032 アジタさんがたずねた、
「世間は何によって覆われているのですか? 世間は何によって輝かないのですか? 世間をけがすものは何ですか? 世間の大きな恐怖は何ですか? それを説いて下さい。」

1033 師(ブッダ)が答えた、
「アジタよ。世間は無明によって覆われている。世間は貪りと怠惰のゆえに輝かない。欲が世間の汚れである。苦悩が世間の大きな恐怖である、と私は説く。」

1034 「煩悩の流れはあらゆる処に向かって流れる。その流れをせき止めるものは何ですか? その流れを防ぎ守るものは何ですか? その流れは何によって塞がれるのでしょうか? それを説いて下さい。」

1035 師は答えた、「アジタよ。世の中におけるあらゆる煩悩の流れをせき止めるものは、気をつけることである。(気をつけることが)煩悩の流れを防ぎまもるものでのである、と私は説く。その流れは智慧によって塞がれるであろう。」

1036 アジタさんがいった、「わが友よ。智慧と気をつけることと名称と形態とは、いかなる場合に消滅するのですか? おたずねしますが、このことを私に説いて下さい。」

1037 アジタよ。そなたが質問したことを、私はそなたに語ろう。識別作用が止滅することによって、名称と形態とが残りなく滅びた場合に、この名称と形態とが滅びる。」

1038 「この世には真理を究め明らめた人々もあり、学びつつある人もあり、凡夫もおります。おたずねしますが、賢者は、どうか彼等のふるまいを語って下さい。わが友よ。」

1039 「修行者は諸々の欲望に耽ってはならない。こころが混濁していてはならない。一切の事物の真相に熟達し、よく気を付けて遍歴せよ。」




3、学生ティッサ・メッテイヤの質問

1040 ティッサ・メッテイヤさんがたずねた、
「この世で満足している人は誰ですか? 動揺することがないのは誰ですか? 両極端を知りつくして、よく考えて、(両極端にも)中間にも汚されることがない、聡明な人は誰ですか? あなたは誰を〔偉大な人〕と呼ばれますか? この世で縫う女(妄執)を超えた人は誰ですか?」
1041 師(ブッダ)は答えた、「メッテイヤよ。諸々の欲望に関して清らかな行いをまもり、妄執を離れて、つねに気を付けて、究め明らめて、安らいに帰した修行者、──彼には動揺は存在しない。

1042 彼は両極端を知りつくして、よく考えて、(両極端にも)中間にも汚されない。彼を、私は〔偉大な人〕と呼ぶ。彼はこの世で縫う女(妄執)を超えている。」




4、学生プンナカの質問

1043 プンナカさんがたずねた、
「動揺することなく根本を達観せられたあなたに、おたずねしょうと思って、参りました。仙人や常の人々や王室やバラモンは、何の故にこの世で盛んに神々に犠牲を捧げたのですか? 先生! あなたにおたずねします。それを私に説いて下さい。」

1044 師(ブッタ)は答えた、
「プンナカよ。およそ仙人や常の人々や王族やバラモンがこの世で盛んに神々に犠牲を捧げたのは、吾等の現在のこのような生存状態を希望して、老衰にこだわって、犠牲を捧げたのである。」

1045 プンナカさんがいった、
「先生! およそこの世で仙人や常の人々や王族やバラモンが盛んに神々に犠牲を捧げましたが、祭祀の道において怠らなかった彼等は、生と老衰をのり超えたのでしょうか? わが親愛なる友よ。あなたにおたずねします。それを私に説いて下さい。」

1046 師は答えた、
「プンナカよ。彼等は希望し、称賛し、熱望して、献供する。利得を得ることに縁って欲望を達成しようと望んでいるのである。供犠に専念している者どもは、この世の生存を貪って止まない。彼等は生や老衰をのり超えてはいない、と私は説く。」

1047 プンナカさんがいった、
「もしも供犠に専念している彼等が祭祀によっても生と老衰とを乗り越えていないのでしたら、わが親愛なる友よ、では神々と人間の世界のうちで生と老衰とを乗り越えた人は誰なのですか? 先生! あなたにお尋ねします。それを私に説いて下さい。」

1048 師は答えた、
「プンナカよ。世の中でかれこれ(の状態)を究め明らめ、世の中で何ものにも動揺することなく、安らぎに帰し、煙なく、苦悩なく、望むことのない人、──彼は生と老衰とを乗り越えた、──と、私は説く。」




5、学生メッタグーの質問

1049 メッタグーさんがたずねた、
「先生! あなたにおたずねします。このことを私に説いて下さい。あなたはヴェーダの達人、心を修養された方だと私は考えます。世の中にある種々様々な、これらの苦しみは、そもそもどこから現われ出たのですか。」

1050 師(ブッタ)は答えた、
「メッタグーよ。そなたは、私に苦しみの生起するもとを問うた。私は知り得たとおりに、それをそなたに説き示そう。世の中にある種々様々な苦しみは、執著を縁として生起する。」

1051 実に知ることなくして執著をつくる人は愚鈍であり、くり返し苦しみに近づく。だから、知ることあり、苦しみの生起のもとを観じた人は、再生の素因(=執著)をつくってはならない。」

1052 「われらがあなたにおたずねしましたことを、あなたはわれらに説き明かして下さいました。あなたに他のことをおたずねしますが、どうかそれを説いて下さい。どのようにしたならば、諸々の賢者は煩悩の激流、生と老衰、憂いと悲しみとを乗り越えるのでしょうか? 聖者さま。どうかそれを私に説き明かして下さい。あなたはこの法則をあるがままに知っておられるからです。」

1053 師が答えた、
「メッタグーよ。伝承によるのではなくて、いま眼のあたり体得されるこの理法を、私はそなたに解いて明かすであろう。その理法を知って、よく気を付けて行い、世間の執著を乗り越えよ。」

1054 偉大な仙人さま。私はその最上の理法を受けて歓喜します。その理法を知って、よく気を付けて行い、世間の執著を乗り越えるでしょう。」

1055 師が答えた、
「メッタグーよ。上と下と横と中央とにおいて、そなたが気づいてよく知っているものは何であろうと、それらに対する喜びと偏執と識別とを除き去って、変化する生存状態のうちにとどまるな。

1056 このようにして、よく気をつけ、怠ることなく行う修行者は、わかものとみなして固執したものを捨て、生や老衰や憂いや悲しみをも捨てて、この世で智者となって、苦しみを捨てるであろう。」

1057 「偉大な仙人の言葉を聞いて、私は喜びます。ゴータマ(ブッダ)さま。煩悩の要素のない境地がよく説き明かされました。たしかに先生は苦しみを捨てられたのです。あなたはこの理法をあるがままに知っておられるのです。

1058 聖者さま。あなたが懇切に教え導かれた人々もまた今や苦しみを捨てるでしょう。
竜よ。では、私は、あなたの近くに来て礼拝しましょう。先生! どうか、私をも懇切に教えみちびいて下さい。」

1059 「何ものをも所有せず、欲の生存に執著しないバラモン・ヴェーダの達人であるとそなたが知った人、──彼は確かにこの煩悩の激流をわたった。彼は彼岸に達して、心の荒びなく、疑惑もない。

1060 またかの人はこの世では悟った人であり、ヴェーダの達人であり、種々の生存に対するこの執著を捨てて、妄執を離れ、苦悩なく、望むことがない。『彼は生と老衰とを乗り越えた』と私は説く。」




6、学生ドータカの質問

1061 ドーカンさんがたずねた、「先生! 私はあなたにおたずねします。このことを私に説いて下さい。偉大な仙人さま。私はあなたのお言葉を頂きたいのです。あなたのお声を聞いて、自分の安らぎ(ニルヴァーナ)を学びましょう。」

1062 師(ブッダ)が答えた、「ドータカよ。では、この世でおいて賢明であり、よく気を付けて、熱心につとめよ。この(私の口)から出る声を聞いて、自己の安らぎを学べ。」

1063 「私は、神々と人間との世界において何ものをも所有せずにふるまうバラモンを見ます。普く見る方よ。私はあなたを礼拝いたします。シャカ族の方よ。私を諸々の疑惑から解き放ちたまえ。」

1064 「ドータカよ。私は世間におけるいかなる疑惑者をも解脱させ得ないであろう。ただそなたが最上の真理を知るならば、それによって、そなたはこの煩悩を渡るであろう。」

1065 「バラモンさま。慈悲を垂れて、(この世の苦悩から)遠ざかり離れる理法を教えて下さい。私はそれを認識したいのです。私は、虚空のように、乱され濁ることなしに、この世において静まり、依りすがることなく行きましょう。」

1066 師は言われた、
「ドータカよ。伝承によるのではない、まのあたり体得されるこの安らぎを、そなたに説き明かすであろう。それを知ってよく気を付けて行い、世の中の執著を乗り越えよ。」

1067 「偉大な仙人さま。私はその最上の安らぎを受けて歓喜します。それを知ってよく気を付けて行い、世の中の執著を乗り越えましょう。」

1068 師は答えた、
「ドータカよ。上と下と横と中央とにおいてそなたが気づいてよく知っているものは何であろうと、──それは世の中における執著の対象であると知って、移りかわる生存への妄執を抱いてはならない」と。




7、学生ウバシーヴァの質問

1069 ウバシーヴァさんが尋ねた、
「シャカ族の方よ。私は、独りで他のものに頼ることなくして大きな煩悩の激流をわたることはできません。私がたよってこの激流をわたり得る〔拠り所〕をお説き下さい。普く見る方よ。」

1070 師(ブッダ)は言われた、「ウバシーヴァよ。よく気を付けて、無所有をめざしつつ、〔なにも存在しない〕と思うことによって、煩悩の激流を渡れ。諸々の欲望を捨てて、諸々の疑惑を離れ、妄執の消滅を昼夜に観ぜよ。」

1071 ウバシーヴァさんがいった、
「あらゆる欲望に対する貪りを離れね無所有に基づいて、その他のものを捨て、最上の〔想いからの解脱〕において解脱した人、──彼は退きあともどりすることがなく、そこに安住するでありましょうか?」

1072 師は答えた、「ウバシーヴァよ。あらゆる欲望に対する貪りを離れ、無所有に基づいて、その他のものを捨て、最上の〔想いからの解脱〕において解脱した人、──彼は退きあともどりすることなく、そこに安住するであろう。」

1073 「普く見る方よ。もしも彼がそこから退きあともどりしないで多年そこにとどまるならば、彼はそこで解脱して、清涼となるのでしょうか? またそのような人の識別作用(あとまで)存在するのでしょうか?」

1074 師が答えた、「ウバシーヴァよ。たとえば強風に吹き飛ばされた火炎は滅びてしまって(火としては)数えられないように、そのように聖者は名称と身体から解脱して滅びてしまって、(生存するものとしては)数えられないのである。」

1075 「滅びてしまったその人は存在しないのでしょうか? 或いはまた常住であって、そこなわれないのでしょうか? 聖者さま。どうかそれを私に説明して下さい。あなたはこの理法をあるがままに知っておられるからです。」

1076 師は答えた、
「ウバシーヴァよ。滅びてしまった者には、それを測る基準が存在しない。彼を、ああだ、こうだと論ずるよすがが、彼には存在しない。あらゆることがらがすっかり絶やされたとき、あらゆる論議の道はすっかり絶えてしまったのである。」




8、学生ナンダの質問

1077 ナンダさんがたずねた、
「世間には諸々の聖者がいる、と世人は語る。それはどうしてですか? 世人は知識をもっている人を聖者と呼ぶのですか? 或いは[簡素な]生活を送る人を聖者と呼ぶのですか?」

1078 (ブッダが答えた)、
「ナンダよ。世のなかで、真理に達した人たちは、(哲学的)見解によっても、伝承の学問によっても、知識によっても聖者とは言わない。(煩悩の魔)軍を撃破して、苦悩なく、望むことなく行う人々、──彼等こそ聖者である、と私は言う。」

1079 ナンダさんがいった、
「おおよそこれらの〔道の人〕・バラモンたちは、(哲学的)見解によって、また伝承の学問によっても、清浄になれるとも言います。先生! 彼等はそれにもとずいて自ら制して修行しているのですが、はたして生と老衰とを乗り越えたのでしょうか? ・・・・」

1080 師(ブッダ)は答えた、
「ナンダよ。これらの〔道の人〕・バラモンたちは全て。(哲学的)見解によって清浄になり、また伝承の学問によっても清浄になると説く。戒律や誓いを守ることによっても清浄になると説く。(その他)種々の仕方で清浄になるとも説く。たとい彼等がそれらに基づいて自ら制して行っていても、生と老衰とを乗り越えたのではない、と私は言う。」

1081 ナンダさんがいった、
「およそこれらの〔道の人〕・バラモンたちは、見解によって、また伝承の学問によっても清浄になれると言います。戒律や誓いを守ることによっても清浄になれると言います。(その他)種々の仕方で清浄になれるとも言います。聖者さま。もしあなたが『彼等は未だ煩悩の激流を乗り越えていない』と言われるのでしたら、では神々と人間の世界のうちで生と老衰を乗り越えた人は誰なのですか? 親愛なる先生! あなたにおたずねします。それを私に説いて下さい。」

1082 師(ブッダ)は答えた、
「ナンダよ。私は『全ての道の人・バラモンたちが生と老衰とに覆われている』と説くのではない。この世において見解や伝承の学問や戒律や誓いをすっかり捨て、また種々の仕方をもすっかり捨てて、妄執をよく究め明かして、心に汚れのない人々──彼等は実に『煩悩の激流を乗り越えた人々である』と、私は説くのである。」




9、学生ヘ−マカの質問

1084 ヘーマカさんがたずねた、
「かってゴータマ(ブッダ)の教えよりも以前に昔の人々が『以前にはこうだった』『未来はこうなるであろう』といって私に説き明かしたことは、全て伝え聞くにすぎません。それは全て思索の紛糺(ふんきゅう)を増すのみ。私は彼等の説を喜びませんでした。

1085 聖者さま。あなたは、妄執を減しつくす法を私にお説き下さい。それを知って、よく気を付けて行い、世間の執著を乗り越えましょう。」

1086 (ブッダが答えた)、「ヘーマカよ。この世において見たり聞いたり考えたり識別した快美な事物に対する欲望や貪りを除き去ることが、不滅のニルヴァーナの境地である。

1087 このことをよく知って、よく気をつけ、現世において全く煩いを離れた人々は、常に安らぎに帰している。世間の執著を乗り越えているのである」と。




10、学生トーデイヤの質問

1088 トーデイヤさんがたずねた、
「諸々の欲望のとどまることなく、もはや妄執が存在せず、諸々の疑惑を超えた人、──彼等はどのような解脱を求めたらよいのですか?」

1089 師(ブッダ)は答えた、
トーデイヤよ。諸々の欲望のとどまることなく、もはや妄執が存在せず、諸々の疑惑を超えた人、──彼には別に解脱は存在しない。」

1090 「彼は願いのない人なのでしょうか?  或いは何かを希望しているのでしょうか? 彼は智慧があるのでしょうか? 或いは智慧を得ようと計らいをする人なのでしょうか?  シャカ族の方よ。彼は聖者であることを私が知り得るように、そのことを私に説明して下さい。普く見る方よ。」

1091 [師いわく]、「彼は願いのない人である。彼は何ものをも希望していない。彼は智慧のある人であるが、しかし智慧を得ようと計らいをする人ではない。トーデイヤよ。聖者はこのような人であると知れ。彼は何も所有せず、欲望の生存に執著していない。」




11、学生カッパの質問

1092 カッパさんがたずねた、
「極めて恐ろしい激流が到来したときに一面の水浸しのうちにある人々、老衰と死とに圧倒されている人々のために、洲(避難所、拠り所)を説いて下さい。あなたは、この(苦しみ)がまたと起こらないような洲(避難所)を私に示して下さい。親しい方よ。」

1093 師(ブッダ)は答えた、「カッパよ。極めて恐ろしい激流が到来したときに一面の水浸しのうちにある人々、老衰と死とに圧倒されている人々のたの洲(避難所)を、私は、そなたに説くであろう。

1094 いかなる所有もなく、執著して取ることがないこと、──これが洲(避難所)にほかならない。それをニルヴァーナと呼ぶ。それは老衰と死との消滅である。

1095 このことをよく知って、よく気をつけ、現世において全く煩いを離れた人々は、悪魔に伏せられない。彼等は悪魔の従者とはならない。」




12、学生ジャトゥカンニンの質問

1096 ジャトゥカンニンさんがたずねた、
「私は、勇士であって、欲望を求めない人がいると聞いて、激流を乗り越えた人(ブッダ)に〔欲のないこと〕をおたずねしようとして、ここに来ました。安らぎの境地を説いて下さい。生まれつき眼のある方よ。先生! それを、あるがままに、私に説いてしださい。

1097 師(ブッダ)は諸々の欲望を制してふるまわれます。譬えば、光輝ある太陽が光輝によって大地にうち克つようなものです。智慧豊かな方よ。智慧の少い私に理法を説いて下さい。それを私は知りたいのです、──この世において生と老衰とを捨て去ることを。」

1098 師(ブッダ)は答えた、
「ジャトゥカンニンよ。諸々の欲望に対する貪りを制せよ。──出離を安穏であると見て。取り上げるべきものも、捨て去るべきものも、何ものも、そなたに存在してはならない。

1099 過去にあったもの(煩悩)を涸渇せしめよ。未来にはそなたに何ものもないようにせよ。中間においても、そなたが何ものにも執著しないならば、そなたはやすらかにふるまう人となるであろう。

1100 バラモンよ。名称と形態とに対する貪りを全く離れた人には、諸々の煩悩は存在しない。だから、彼は死に支配されるおそれがない。」




13、学生バドラーヴダの質問

1101 バドラーヴダさんがたずねた、
「執著の住所をすて、妄執を断ち、悩み動揺することがなく、歓喜をすて、激流を乗り越え、既に解脱し、計らいを捨てた賢明な(あなた)に切にお願いします。

1102 健き人よ。あなたのお言葉を聞こうと希望して、多数の人々が諸地方から集まってきましたが、竜(ブッダ)のお言葉を聞いて、人々はここから立ち去るでしょう。彼等のために善く説明してやって下さい。あなたはこの理法をあるがままに知っておられるのですから。」

1103 師(ブッダ)は答えた、
「バドラーヴダよ。上にも下にも横にでも中間にでも、執著する妄執をすっかり除き去れ。世の中の何ものに執著しても、それによって悪魔が人につきまとうに至る。

1104 それ故に、修行者は明らかに知って、よく気をつけ、全世界において何ものおも執してはならない。──死の領域に愛著を感じているこの人々を〔取る執著ある人々〕であると観て。」




14、学生ウダヤの質問

1105 ウダヤさんがたずねた、
「瞑想に入って坐し、塵垢を離れ、為すべきことを為しおえ、煩悩の汚れなく、一切の事物の彼岸に達せられた(師)におたずねするために、ここに来ました。無明を破ること、正しい理解による解脱、を説いて下さい。」

1106 師(ブッダ)は答えた、
「ウダヤよ。愛欲と憂いとの両者を捨て去ること、沈んだ気持ちを除くこと、悔恨をやめること、

1107 平静な心がまえと念いの清らかさ、──それは真理に関する思索に基づいて起るものであるが、──これが、無明を破ること、正しい理解による解脱、であると、私は説く。」

1108 「世人は何によって束縛されているのですか? 世人をあれこれ行動させるものは何ですか?何を断ずることによって安らぎ(ニルヴァーナ)があると言われるのですか?」

1109 「世人は歓喜に束縛されている。思わくが世人をあれこれ行動させるものである。妄執を断ずることによって安らぎがあると言われる。」

1110 「どのように気を付けて行っている人の識別作用が、止滅するのですか? それを先生におたずねするために私はやってきたのです。あなたのそのお言葉をお聞きしたいのです。」

1111 「内面的にも外面的にも感覚的感受を喜ばない人、このようによく気を付けて行っている人、の識別作用が止滅するのである。」




15、学生ポーサーラの質問

1112 ポーサーラさんがたずねた、
「過去のことがらを説示し、悩み動揺することなく、疑惑を断ち、一切の事物を究めつくした(師)におたずねするために、ここに来ました。

1113 「物質的な形の想いを離れ、身体をすっかり捨て去り、内にも外にも『何ものにも存在しない』と観ずる人の智を、私はおたずねするのです。シャカ族の方よ。そのような人はさらにどのように導かれねばなりませんか?」

1114 師(ブッダ)は答えた、
「ポーサーラよ。全ての〔識別作用の住するありさま〕を知りつくした全き人(如来)は、彼の存在するありさまを知っている。すなわち、彼は解脱していて、そこを拠り所としていると知る。

1115 無所有の成立するもとを知って、すなわち『歓喜は束縛である』ということを知って、それをこのとうりであると知って、それから(出て)それについてしずかに観ずる。安立したそのバラモンは、この〔ありさまに知る智〕が存する。」




16、学生モーガラージャの質問

1116 モーガラージャさんがたずねた、
「私はかってシャカ族の方に二度おたずねしましたが、眼ある方(釈尊)は私に説明して下さいませんでした。しかし『神仙(釈尊)は第三回目には説明してくださる』と、私は聞いております。 1117 この世の人々も、かの世の人々も、神々と、梵天の世界の者どもも、誉れあるあなたゴータマ(ブッダ)の見解を知ってはいません。

1118 このように絶妙な見者におたずねしょうとしてここに来ました。どのように世間を観察する人を、死王は見ることがないのですか?」

1119 (ブッダが答えた)、
「つねによく気をつけ、自我に固執する見解をうち破って、世界が空なりと観ぜよ。そうすれば死を乗り越えることができるであろう。このように世界を観ずる人を、〔死の王〕は、見ることがない。」




17、学生ビンギヤの質問

1120 ビンギヤさんがたずねた、
「私は年をとったし、力もなく、容貌も衰えています。眼もはっきりしませんし、耳もよく聞こえません。私が迷ったままで途中で死ぬことのないようにして下さい。どうしたらこの世において生と老衰とを捨て去ることができるのですか、そのことわりを説いて下さい。それを私は知りたいのです。」

1121 師(ブッダ)は答えた、
「ビンギヤよ。物質的な形態があるが故に、人々が害われるのを見るし、物質的な形態があるが故に、怠る人々は(病などに)悩まされる。ビンギヤよ。それ故に、そなたは怠ることなく、物質的形態を捨てて、再び生存状態にもどらないようにせよ。」

1122 「四方と四維と上と下と、これらの十方の世界において、あなたに見られず聞かれず考えられずまた識られないものもありません。どうか理法を説いて下さい。それを私は知りたいのです、──どうしたらこの世において生と老衰とを捨て去ることを。」

1123 師は答えた、
「ビンギヤよ。ひとびとは妄執に陥って苦悩を生じ、老いに襲われているのを、そなたは見ているのだから、それ故に、ビンギヤよ、そなたは怠ることなくはげみ、妄執を捨てて、再び迷いの生存にもどらないようにせよ。」




18、一六学生の質問の結語

 師(ブッダ)は、マガダ国のパーサーカ霊地にとどまっておられたとき、以上のことを説かれ、(バーヴァリの)門弟である一六人のバラモンに請われ問われる度ごとに、質問に対して解答をのべた。もしもこれらの質問の一つ一つの意義をしり、理法を知り、理法にしたがって実践したならば、老衰と死との彼岸に達するであろう。これらの教えは彼岸に達せしめるものであるから、それ故にこの法門は「彼岸にいたる道」と名づけられている。

1124 アジタと、ティッサ・メッテイヤと、プンナカと、メッタグーと、ドータカと、ウバシーヴァと、またヘーマカと、

1125 トーデーヤとカッパとの両人と、賢者なるジャトゥカンニンと、バドラーヴダと、ウダヤと、ポーサーラ・バラモンと、聡明なモーガラージャと、偉大な仙人であるピンギヤと、──

1126 これらの人々は行いの完成した仙人である目ざめた人(ブッダ)のもとにやってきて、みごとな質問を発して、ブッダなる最高の人に近づいた。

1127 彼等が質問を発したのに応じて、目ざめた人はあるがままに解答された。聖者は、諸々の質問に対して解答することによって、諸々のバラモンを満足させた。

1128 彼等は、太陽の裔である目ざめた人・眼ある者(ブッダ)に満足して、優れた智慧ある人(目ざめた人)のもとで清らかな行いを修めた。

1129 一つ一つの質問に対して〔目ざめた人〕が説かれたように、そのように実践する人は、此岸から彼岸に赴くことであろう。

1130 最上の道を修める人は、此岸から彼岸に赴くであろう。それは彼岸に至るための道である。それ故に〔彼岸にいたる道〕と名づけられる。

1131 ピンギヤさんは(バーヴァリのもとに帰って、復命して)いった、
「〔彼岸に至る道〕を私は読誦しましょう。無垢で叡智豊かな人(ブッダ)は、自ら観じたとおりに説かれました。無欲で煩悩の叢林のない立派な方は、どうして虚妄を語られるでしょうか。

1132 垢と迷いを捨て去って、高慢と隠し立てとを捨てている(ブッダ)の、讃嘆を表わす言葉を、さあ、私は誉めたたえることにしましょう。

1133 バラモンよ。暗黒を払う〔目ざめた人〕(ブッダ)、普く見る人、世間の究極に達した人、一切の迷いの生存を超えた人、汚れのない人、一切の苦しみを捨てた人、──彼は真に〔目ざめた人〕(ブッダ)と呼ばれるにふさわしい人でありますが、私は彼に近侍しました。

1134 たとえば鳥が疎な林を捨てて果実豊かな林に住みつくように、そのように私もまた見ることの少い人々を捨てて、白鳥のように大海に到達しました。

1135 かつてゴータマ(ブッダ)の教えよりも以前に昔の人々が『以前にはこうだった』『未来にはこうなるであろう』といって私に説き明かしたことは、全て伝え聞きにすぎません。それは全て思索の紛糺を増すのみ。

1136 彼は独り煩悩の暗黒を払って坐し、高貴で、光明を放っています。ゴータマは智慧豊かな人です。ゴータマは叡智豊かな人です。

1137 即時に効果の見られる、時を要しない法、すなわち煩悩なき〔妄執の消滅〕、を私に説示しました。彼に比すべき人はどこにも存在しません。」

1138 (バーヴァリがいった)、「ピンギヤよ。そなたはね智慧豊かなゴータマ、叡智豊かなかのゴータマのもとから、瞬時でも離れて住むことができるのか?

1139 彼はまのあたり即時に実現され、時を要しない法、すなわち煩悩なき〔妄執の消滅〕、をそなたに説示した。彼に比すべき人はどこにも存在しない。」

1140 (ピンギヤがいった)、「バラモンさま。私は、智慧豊かなゴータマ、叡智豊かなかのゴータマのもとから、瞬時でも離れて住むことができません。

1141 まのあたり即時に実現される、時を要しない法、すなわち煩悩なき〔妄執の消滅〕、を私に説示されました。彼に比すべき人はどこにも存在しません。

1142 バラモンさま。 私は怠ることなく、昼夜に、心の眼を以て彼を見ています。彼を礼拝しながら夜を過ごしています。ですから、私は彼から離れて住んでいるのではないと思います。

1143 信仰と、喜びと、意と、念いとが、私を、ゴータマの教えから離れさせません。どちらの方角でも、智慧豊かな方のおもむかれる方角に、私は傾くのです。

1144 私は、もう老いて、気力も衰えました。ですから、わが身はかしこに赴くことはできません。しかし想いを馳せて常に赴くのです。バラモンさま。私の心は、彼と結びついているのです。

1145 私は汚泥の中に臥してもがきながら、洲から洲へと漂いました。そうしてついに、激流を乗り超えた、汚れのない〔完全にさとった人〕(正覚者)にお会いしたのです。」

1146 (師ブッダが現れていった)、「ヴァッカリやバドラーヴダやアーラヴィ・ゴータマが信仰を捨て去ったように、そのように汝もまた信仰を捨て去れ。そなたは死の領域の彼岸にいたるであろう。ピンギヤよ。」

1147 (ピンギヤはいった)、「私は聖者の言葉を聞いて、ますます心が澄む(=信ずる)ようになりました。さとった人は、煩悩の覆いを開き、心の荒みなく、明察のあられる方です。

1148 神々に関してもよく熟知して、あれこれ一切のことがらを知っておられます。師は、疑いをいだきまた言を立てる人々の質問を解決されます。

1149 どこにも譬うべきものなく、奪い去られず、動揺することのない境地に、私は確かに赴くことでしょう。このことについて、私には疑惑がありません。私の心がこのように確信して了解していることを、お認め下さい。」

〔彼岸に至る道の章〕 第五 おわる